さようならの転換期
「さようならが新鮮だった!」
ある日仕事で高校に行った同居人めぐちゃんが言いました。
廊下に響く黄色い声と、「せんせーっさようならーっ」という言葉が爽やかすぎて驚いたらしい。
たしかに、大人になってから、
人と別れる時は「お疲れ様でした」とか、「またね!」とかそーゆー言葉をたくさん使ってる気がする
さようならって普段使いにはなんか寂しい気がするのわたしだけ??
てゆーかさようならって言葉の意味を知らないなと思って調べてみました。(おっけーぐーぐる)
さようならの語源は
「さようならば=そうしなければならないのなら」という言葉なのだとか。
えめっちゃさみしい
「さようなら」さみしいじゃん。
古くは男性がさようなら、女性がごきげんよう、と使っていて
ごきげんようはポジティブな言葉で、
ご機嫌でありますようという相手の幸せを願う言葉
そもそもさようならとグッバイはイコールにはならないんですってよ!
good byeの語源はgod byで、
あなたのそばに神様が居てくれますようにという意味らしんだけど、たしかにそうすると意味全然違う!
さようならは、自分から発する言葉なのになんか能動的じゃない感じがする🤔
でももしかしたら、悲しいイメージを持つのはこちらの勝手で、さようならという言葉には1日1日を全力で生きるそんなパワーがあったのかもしれない。
もし、今日という日が最後であっても
さようならば、
それならば、仕方がない
仕方ないという言葉は諦めているわけじゃなくて、その状況を受け入れているってことなのかも。
人とつながっていたいから、またねと言ってしまう
スマホで文字を打てば簡単に会える今、
気軽になった分
その時間を今日最後かもしれないという気持ちで大切に出来ているのかと言われたら、どうだろう。
いやそんないちいち重たく考えてたらしんどいわって話なんだけど
対人だけではなくて、物事とのさようならもたくさんあるじゃないですか。
目標とか、なんか色々。
どう生きていけば、
一つひとつとしっかり、さようならって
踏ん切りをつけられるんでしょうね。
なんかでも思ったのは、
冒頭の高校生の爽やかさは、明日も変わらずに会えるって解ってるから、さようならが悲しく聞こえないのかなーって。
青春は同じ日々の繰り返しか
大人は日々選択の繰り返しか
一概には言えないか🤔笑
とりあえず、
日本語って美しいなぁ
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